34. 本は親友

 昭和12年、大阪生まれ。親は都島の商店街で金物屋をしてた。

 私は幼稚園の頃にはもう字がぜんぶ読めた。というのも父方の伯父が本屋さんでね。遊びにいったら絵本をくれる。だから2、30冊は持ってたよ。私は本が大好きで、小さい頃から絵本をものすごく大事にしたの。破ったり汚したりなんて絶対にしなかった。

 父親が兵隊にいってしまうと、母と子供だけで暮らすのは大変やったんやろな。母方の実家に疎開した。愛媛県の山の中や。

 松山からバスで2時間ほどかかる。昔のバスは木炭バスで、水が必要やった。峠の上で1時間ほど停まって、運転手さんが谷間に下りていって水汲みせなあかんかった。

 疎開先にも絵本はぜんぶ持っていった。なにしろ村には絵本がなかった、なんにも、一冊も! 学校にも図書館なんてない。田舎だからもちろん本屋さんもない。だいたい昔は子供の本というものが少なくて、子供に絵本を与えるなんてよっぽどお金持ちのことだったんよ。

 私はたまたま伯父さんが本屋やったから持ってたけど、村の子は本なんて見る機会がない。だから珍しくて、みんな私の本を見に来るのよ。

「見して!」

 って。大きい子は字を読めるし、小さい子は絵を見ててもおもしろい。家の表はいっつも黒山の人だかりやった。

 疎開してからは新しい本は手に入らなかった。でも本よりもおもしろいことがあった。外で遊ぶこと! 山とかお寺の境内とかで走りまわって遊んでた。私はお転婆なんかとおりこしてガキ大将。弱い子がいじめられてると

「なんで泣かすねん!」

 って男の子と取っ組み合いしてたな。負けてられへん。

 いうても小さい田畑しかない貧しい田舎や。戦時中のことだから、お百姓さんは米を作っても作っても政府に供出させられで、お米なんか食べられへん。ご飯はトウモロコシで黄色かった。麦とか稗とか当たり前。米粒なんて探さんと見つからない。

 お昼はお弁当やけど、食べるモノがないから持っていけない。あってもサツマイモをごろんと一つきり。お弁当のない子は外で遊んでた。

 小学校3年のとき終戦になって、しばらくすると父親が帰ってきた。

でもすぐには大阪に戻らなかった。戻れなかった。大阪は空襲でなんもかんも焼けてしもてたから。

 生活のために父は商売を始めた。大阪へ仕入れにいくとき

「お土産は何がええ?」

 て聞かれるから、私は「本!」本しか言わなかった。その頃に読んでたのは少女小説。吉屋信子とかね。学校にも本はないし、同じ本を何回でも読んでたよ。読んでるときはものすごく集中してる。母がすぐそばで呼んでもわからないくらい。しまいに頭をボカン! とやられて

「さっきから呼んでるのに!」

 って叱られた。

 小学校を卒業するタイミングで大阪に戻った。でも四国の田舎と大阪とは違うやろ。知らんことが多かった。それに田舎の言葉が抜けてないから『バカ』ってレッテルを貼られた。

 でも私はクラス中からいじめられても「何いうとるねん」て知らん顔してた。私は本が好きで、いっぱい読んでたからやっていけたと思う。勉強も問題なかったよ。

 大阪では本が買えたから、おこづかいはみんな本になった。少女小説を卒業してからは純文学。芥川龍之介とか夏目漱石とか。日本文学全集も世界文学全集も、自分で少しずつ買い集めた。それはもう、ものすごい量やったよ。

 高校に入ると図書館の先生に指名されて3年間ずっと図書委員をしてた。図書館の主やった。新しく入った本を先に読めたし暇さえあれば図書館に浸かってたなあ。

 本のおかげで成績は良かったし「大学に行きたい」と思った。けど、親には「あかん!」て言われた。両親だけとちゃうで。おじいちゃん、おばあちゃん、おじさん、おばさん・・・全員で

「女の子が大学なんか行って、賢くなったらどないすんの!」

「嫁にも行かれへんやろ!」

 って叱られた。昔は、女が賢くなったら嫁にも行かれへんかったらしいよ。男より賢い女はいらんし、あんまり賢いと姑さんが扱うのに困るから。「賢い嫁さんはいらん!」だってさ。

 それで就職して結婚をして。結婚したときにも本は全部持っていった。文学全集も全部。六畳間の壁が床から天井までびっしりと本で埋まった。小さな図書館よりもたくさん本があったね。でも、それも火事に遭って、家ごと焼けてしまったけど・・・。

 火事のあとは本を買うどころじゃない。子供の学費もいるし、生活費もいるし、大変やった。

 今も本はずっと読んでるよ。本を読めば現実では経験できないことを経験できる。本の中の経験が自分のものになる。知識や考え方、問題を解決する力。そういうものがいつのまにか身についてくる。たとえ本が火事で焼けてしまっても、身についたものは自分の中にずっと残る。

 それは生きていくのに役に立つこと。自分の知ってることに加えて、、本の中で得たものも活かすことができる。 私はデイサービスに行って誰とでもしゃべれる、どんな話でも入っていける。

 私にとって本は親友。本がない生活は考えられない。

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NPO法人さわやか三田

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