監獄での一年
十五年つづいた戦争の末期、私は兵隊として香港の九龍におりました。特高(特別高等警察)という諜報関係の仕事です。中国人を密偵として使っていました。中国人が日本のことをどう思っているか、日本人に失礼なことをしていないか、彼らに情報を集めさせていたのです。また逆に兵隊が悪いことをしていないかも監視していました。
私自身は事務の仕事をしていましたので、具体的にはよくわかりませんが、当時の日本人は支配階級として中国人や韓国人を下に見ており、いじめていました。
1945年4月に九龍の本部に配属され、8月で敗戦になりました。そのとき、中国人が直接、日本人に危害を加えるということは少なかったんです。それでも諜報で活躍した先輩は、ちょっと外に出たとき中国人につかまって吊るされて殺されるということがありました。それくらい中国人に恨まれていたのですね。
私たちは戦犯容疑者として、赤柱監獄(スタンレー刑務所)に入れられました。もともとイギリス政府が作った監獄です。3階建てのレンガづくりで、島ですから海に面していて容易には逃げられません。
部屋はそれぞれ独房でした。私は2階の65号室。板の寝台に木の枕、毛布が1枚、置かれているのは水だけです。香港でも1月、2月は寒いんですよ。1枚きりの毛布をぐるぐると体に巻き付けてミノムシみたいに寝ていました。
食事は1日2回です。朝は5枚切りくらいのパンと、ハムチョイ(中国の漬物)。昼は無しで、夜は同じパンとスープがつくくらい。
栄養が足りませんから結核で早くに死んだ人もありましたし、私も7~8キロは痩せました。とにかく野菜がまったく足りないものですから、野菜が食べたくて食べたくてね。たまに庭に出されて運動をさせられるんですが、庭のコンクリのすきまに生えていた雑草のスベリヒユを足でつまんで採り、持ち帰って生のまましゃぶったことがあります。
看守は野戦帰りのイギリス兵でした。野戦帰りは気が荒いので、ちょっとでも違反をすると殴られます。彼らが廊下を通るときは皆そろって敬礼するきまりで、うっかり遅れたら叩かれた・・・それでも中国人よりは多少良かったんでしょうけれど。
そんな監獄に一年間も入れられていました。一年の間に軍事裁判がひらかれ、下士官や将校の人たちは弁護士もないままに戦犯として絞首刑になりました。私の上司であった少佐も絞首刑になりました。
私の階級は兵長、下士官のひとつ下ですし、勤務期間も4か月と短かったため、ぎりぎり命拾いをしました。もし昇格していたら上官たちのように殺されていたでしょう。下っ端だから助かったんです。
監獄の中で私は、
「戦争とはどういうことか?」
「平和とはどういうことか?」
そういうことをじっくり考えました。そういう一年でした。
解放と出発
一年後の11月21日。私はようやく解放されました。解放されたとき、とてつもなく大きな喜びに満たされました。人生を左右するほどの喜びです。11月21日はちょうど私の誕生日。その日に私はもう一度生まれ変わったのです。これからは平和問題に生涯を尽くしていきたいと思い定めました。
それから故郷の宮城に帰り、農業をしました。まだ食糧問題が深刻でしたから、開墾事業などをしていました。
しばらくして北海道へ行きました。酪農学園ということろで酪農の勉強をするためです。酪農学園は酪農や農業を学ぶ学校ですが、ミッションスクールでもあり、キリスト教という精神的な学問も修めることができました。
酪農学園での4年間はかけがえのない勉強の場であり、その後の人生への出発点となりました。関西学院の大学院の神学部で学んだあと、ときには牧場経営などもやりながら、八十才まで牧師を務めました。
どうすれば戦争はなくなるのか?
現在でもロシアや中国の再軍備が取り沙汰されています。武器を持つということは、いずれはそれを使って戦うということで、また戦争が始まるのではないかと心配しています。戦争が始まると人々は困窮し、大事なものはすべて壊されてしまいます。勝っても負けてもいいことは一つもありません。どちらにも大きな被害がでますし、被害は長く尾を引きます。戦争とは不条理極まりないものなのです。
では、一体なぜ、不条理な戦争をするのでしょうか?
戦争のもとは「敵意」です。「憎しみ」や「恨み」です。
「やられたら、やり返す」
日本では昔から『忠臣蔵』の敵討ちが有名ですが、自分が嫌な目に遭ったり親しい人が被害をこうむったら、敵意や憎しみを抱き、いつまでも根に持っているでしょう。それこそが戦争や紛争の元なのです。敵意がある限りいつまでたっても平和は訪れません。
敵意をどうやってなくすか。それがもっとも大事なのです。
聖書にこんな一節があります。
「誰かに悪いことをされたら、私は何回赦すべきでしょうか。7回くらいですか」
と尋ねられて、イエス様がこう答えます。
「7回どころか、7の70倍までも赦しなさい」
1回2回ではあかんのです。何回でも何回でも赦しなさいと。
もちろん赦すことは大変に難しいことです。至難の技です。でも、それを乗り越えて赦しなさい。そうすることによって平和が訪れます。それが聖書の教え。それがキリスト教の教えなのです。