31. 心のなかに海をもて

 わたしはこの山の中で生まれ育った。生まれも育ちもずっと山。山と田んぼと家のまわりと、三田の町しか知らない。昔は旅行なんか行けなかったから、山から出たことがなかったんよ。

 だから海なんか知らんかった。世の中には「海」というものがあると、本では読んだし、話に聞いたこともあるけど、見たことがなかった。「日本は海に囲まれとるから、車でちょっと走ったら海に出るのに」って、今の人は笑うやろけどな。

 わたしは30を超えるまで三田から出たことがなかったんや。生まれて初めて、この山に囲まれた三田を出たのは33才のとき。会社の人に汽車で連れていってもろて・・・社員旅行やな。

 あの時のことはよう覚えてる。そりゃもうびっくりしたし、感動した。あんなに大きな、大きな、どこまでーも青い、青い海!

 もう、なんともいえん気持ちになった。

「世界はこんなに大きいんや。ものすごう大きいんや。小さいことをクヨクヨ考えるのは馬鹿らしい」

 って思ったなあ。

 それからもう50年以上たつけどな、今でも心に、あのときの海をずっと持っとる。クヨクヨしそうになると、あの海の景色を思い出すようにしてるんや。

 あんたもな、いろいろあるやろ。若い時はとくにな。もし、しんどいことがあったら、あんたの中で一番大きなものを思い出してみ。心の中に海を持つんや。大きな大きな海を。そうすれば、ちょっとだけ生きやすくなるから。

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